「残業していたのに、残業代が支払われていない」 「勤務時間中に業務外のことをしているのではないか」
労務に関するトラブルは、主張が食い違ったまま平行線になることが少なくありません。会社側が「そうは思えない」と言い、従業員側が「そんなことはない」と言う。どちらにも記録がなければ、話し合いは感情のぶつけ合いになり、解決の糸口がつかめないまま関係だけが悪化します。
本記事では、業務用PCの稼働ログから何が分かるのか、そして適正な手続きを踏んだうえで事実を確認し、感情論を避けて対応する方法を整理します。
<この記事は専門家が監修しています>
監修:渥美 雅之(弁護士 / 三浦法律事務所 パートナー)
元・公正取引委員会事務総局、米国連邦取引委員会(FTC)執務経験を有し、企業法務・独占禁止法・コンプライアンス領域に精通。日本経済新聞「企業法務弁護士ランキング」選出。
「感覚」で切り出すと、話はこじれる
労務トラブルで最も避けたいのは、印象に基づいて話を切り出してしまうことです。
「最近、仕事が進んでいないように見える」
「その時間、本当に働いていたのか」
こうした切り出し方は、たとえ会社側の認識が正しかったとしても、相手には「決めつけられた」としか受け取られません。反発を招き、事実の確認どころではなくなります。場合によっては、指導そのものがハラスメントだと主張される事態にもなりかねません。
事実を確認してから話す。 順番を逆にするだけで、対話の質は大きく変わります。客観的な記録があれば、感情の応酬ではなく、記録をもとにした具体的な話し合いができます。
実は、PCの使用記録は「国が示している方法」
ここで、多くの方が意外に思う事実をお伝えします。
業務用PCの使用時間の記録を労働時間の把握に使うことは、厚生労働省が示している方法です。
厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)では、始業・終業時刻を確認・記録する原則的な方法として、次の2つが挙げられています。
- ア 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること
- イ タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること
つまり、PCの使用記録は「監視のための特別な手段」ではなく、タイムカードと並ぶ客観的な記録として位置づけられているのです。
「著しい乖離」があるときは、調査と補正が求められる
さらに重要なのが、自己申告制を採用している場合の記述です。同ガイドラインは、次のように述べています。
特に、入退場記録やパソコンの使用時間の記録など、事業場内にいた時間の分かるデータを有している場合に、労働者からの自己申告により把握した労働時間と当該データで分かった事業場内にいた時間との間に著しい乖離が生じているときには、実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。
自己申告された勤務時間と、PCの稼働記録が大きく食い違っている——そのとき、実態を調べて労働時間を補正することが、使用者に求められているということです。
この点を押さえると、話の前提が変わります。PCログの確認は、従業員を疑う行為ではありません。労働時間を適正に把握するという、使用者に課された責務を果たすための手段です。そしてこの責務は、未払い残業を防ぐという意味で、従業員の側を守るためのものでもあります。
なお、労働基準法第109条により、出勤簿やタイムカード等の労働時間の記録に関する書類は3年間の保存が必要とされています。記録を残しておくこと自体が、法令上求められています。
前提:確認には、適正な手続きが必要
とはいえ、業務用PCの利用状況を確認する行為は、従業員のプライバシーに関わります。上記のガイドラインが労働時間の把握を対象としているのに対し、業務外のWeb閲覧など労働時間の把握を超える範囲を確認する場合は、より慎重な整理が必要です。
次のような前提を整えたうえで行ってください。
- 就業規則や社内規程に、業務用PCの取り扱いと確認(モニタリング)に関する方針を定めておく
- 確認を行う可能性があることを、あらかじめ従業員に周知しておく
- 目的の範囲を超えた確認を行わない
「本人に知られないように調べる」といった進め方は、後の労務トラブルを深刻化させます。周知したうえで、必要が生じたときに、定めた範囲で確認する。 これが原則です。
なお、就業規則の内容やモニタリングの適法性の判断は、個別の事情によって変わります。制度設計にあたっては、顧問の社会保険労務士・弁護士に必ずご確認ください(※本記事は一般的な実務の整理であり、法的助言を目的とするものではありません)。
PCの稼働ログから分かること
適正な手続きのもとで確認した場合、業務用PCからは次のような記録が得られます。
電源のオン/オフ、ログオン/ログオフの時刻
PCのイベントログには、電源が入った時刻、切られた時刻、ログオン・ログオフの時刻が記録されています。自己申告された勤務時間と、実際にPCが稼働していた時間を突き合わせることができます。
業務時間外の稼働
深夜・早朝・休日にPCが稼働していた記録も確認できます。これは会社側にとって「申告されていない労働時間があったのではないか」を検討する材料になると同時に、過重労働の兆候を早期に発見する材料にもなります。
業務時間中のWeb閲覧履歴
閲覧したサイトや検索キーワードの履歴からは、業務時間中の利用状況が分かります。
ファイル操作の履歴
どのファイルをいつ開き、編集したか。業務が実際に進んでいたかどうかの手がかりになります。
「会社を守るため」だけの話ではない
ここで強調しておきたいことがあります。客観的な記録は、会社側にも従業員側にも公平に働くということです。
従業員の無実を示すことがある
「あの時間に不適切な操作をしたのではないか」と疑われた従業員について、記録を確認したところPCが稼働していなかった——このように、記録が本人の潔白を証明するケースがあります。記録がなければ、疑いは疑いのまま残り続けます。
過重労働の発見につながる
自己申告では定時退社となっているが、実際には深夜までPCが稼働している。この乖離は、会社が把握できていない長時間労働のサインです。早期に気づけば、業務量の調整や健康面のフォローができます。 労働時間の適正な把握は、会社に求められている責務でもあります。
真面目に働く従業員を守る
一部の問題に対処しないことは、真面目に働いている大多数の従業員に、不公平と不信感を残します。事実に基づいて対処できる仕組みは、職場全体の納得感につながります。
つまり、記録を確認する目的は「誰かを追及すること」ではなく、事実を共有できる状態を作ることにあります。
記録を「使える形」で残すには
ここで実務上の壁があります。
PCの記録を確認したいと思っても、専門知識のない担当者が対象PCを操作すると、次の問題が起こります。
- 削除済みのデータは、標準機能では見えない
- 「ただのコピー」は証拠にならない — 改ざんの有無を証明できないため、労働審判や訴訟の場で証拠として通用しないおそれがある
- 不用意な操作が、かえって記録を壊す — ファイルを開くだけで最終アクセス日時などが書き換わる
特に2点目は、労務トラブルでは深刻です。せっかく確認した記録が、いざというときに「後から作られたものではないか」と争われれば、意味をなさなくなります。
専門知識なしで、客観的な記録を確保する
この壁を埋める選択肢がフォレンジックツールです。
EASY Forensics は、USBを対象のPCに挿すだけで、改ざん防止のハッシュ値を記録しながらデータを保全し、稼働状況を自動でレポート化します。あらかじめ勤務時間を設定しておくことで、定めた時間外の稼働を抽出することもできます。
専門部署がなくても、総務・人事の担当者が自分で実施でき、結果はPDFやExcelで出力されます。客観的な記録を、証拠能力を保った形で残せるため、社内での話し合いにも、その後の手続きにも使える状態になります。
繰り返しになりますが、これは常時監視のツールではありません。必要が生じたときに、定めた範囲で確認するための手段です。
まとめ|労務トラブルを事実で解決するために
主張が食い違ったとき、水掛け論を避ける方法は一つしかありません。事実を確認してから話すことです。
- 労働時間の把握には、PCの使用時間の記録が客観的な記録として認められている(厚労省ガイドライン)
- 自己申告と客観データに著しい乖離があるときは、実態調査と労働時間の補正が求められる
- 就業規則・モニタリング方針を整え、従業員に周知しておく(詳細は社労士・弁護士へ確認)
- 「本人に知られないように」ではなく、定めた手続きの範囲で確認する
- 印象で切り出さず、記録を確認してから対話に入る
- 記録は会社側にも従業員側にも公平に働くものとして扱う
- 過重労働の兆候が見えた場合は、追及ではなく業務調整・健康フォローにつなげる
- 記録を残す際は、改ざんの有無を証明できる形で保全する
感情論を避け、事実をもとに向き合う。それが、労務トラブルを最も穏当に解決する道筋です。
参考文献・出典
- 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html
- ガイドライン本文(PDF):https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000149439.pdf
この記事の監修者

渥美 雅之(Masayuki Atsumi):三浦法律事務所 パートナー弁護士(第二東京弁護士会所属)ニューヨーク州弁護士 / 英国弁護士
神戸大学法科大学院修了後、公正取引委員会事務総局に入局。司法修習を経て森・濱田松本法律事務所にて企業法務に従事。シカゴ大学ロースクール(LL.M.)修了後、米国法律事務所および米国連邦取引委員会(U.S. Federal Trade Commission)にて執務。株式会社LIXILコンプライアンス調査部長を経て、現職。 競争法(独占禁止法・景表法)、コーポレートガバナンス、危機管理・コンプライアンスを専門とし、上場企業の社外取締役・社外監査役も務める。日本経済新聞社「企業法務・弁護士調査」等、著名アワードにて高い評価を獲得。主要取扱分野:独占禁止法・景表法 / コーポレートガバナンス / 情報セキュリティ / 国際法務
